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作品の世界観は「ふるさと横丁」と呼ばれる町角の飲食街で、そこには各地の郷土料理を出す小料理屋が軒を連ねています。その中の一軒「輪島屋」で働くおなつという女性が主人公です。第３巻では、おなつの従弟・紺之丞が友人を伴って輪島屋を訪ねる場面から始まり、中でも伊藤虎白という加賀藩上屋敷に暮らす男装の娘が登場します。虎白は能登・輪島の文化に興味を持ち、おなつがさざえご飯と鰯のだんご汁でもてなすなどして交流が深まります。やがて虎白と紺之丞の二人が揃って行方不明になるという騒動が起き、輪島屋を取り巻く人々に緊張が走ります。

物語は短いエピソード形式で進み、料理名が各話のタイトルとなっています。第１話は「さざえご飯とだんご汁」、第２話は「ごりの甘露煮」、第３話は「くるみ味噌と柚釜味噌」、第４話は「にしんの昆布巻き」です。これらの料理ひとつひとつが、登場人物の思いや郷土の記憶と結びついて情感を喚起する役割を果たしています。

本シリーズは「能登半島地震チャリティシリーズ」として企画され、著者の印税は石川県能登半島の被災地復興のために寄付される意図が表明されています。その趣旨は読者との共感を呼び、物語に流れる郷土への愛情が単なる舞台装置を超えた意味を帯びています。

作者である馳月基矢は、歴史小説・時代小説で活動しており、このシリーズを通じて、江戸時代の日常風景を丁寧に再構築しながら登場人物の心情を描く手腕を見せています。彼の筆致は、一見穏やかな生活描写を通じて潜む人間の揺らぎや葛藤を鋭く捉える傾向があります。監修には上田聡子が携わっており、方言や料理風習など地域的な要素の精度を高めています。

おなつが従来の恋愛関係に揺れながらも、自らの言葉で相手と向き合おうとする内面の成長も描かれています。紺之丞と虎白の行方が物語の鍵となるだけでなく、おなつと丹十郎、そして周囲の人物たちの人生が少しずつ交差し、緊張感を孕んだ場面構成が巧みに織られています。巷にある時代小説とは異なり、料理描写が豊かで匂いや味わいを感じさせる筆致が読後感に温かさを残します。

この巻を読むことで、江戸時代の食文化や地域の結びつきの側面、登場人物同士の関係性の揺らぎが味わえると同時に、物語がただの娯楽ではなく地域支援の意志を帯びた作品であることも伝わってきます。

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